胃癌に対する先進医療のお知らせ
先進医療とは、新しい医療技術のうち、将来的な保険導入のための評価を行うものとして、未だ保険診療の対象に至らない先進的な医療技術等と保険診療との併用を厚生労働大臣が認めたものです。具体的には、有効性及び安全性を確保する観点から、医療技術ごとに一定の施設基準を設定し、施設基準に該当する保険医療機関において実施が承認されるものです。
先進医療の名称等
先進医療B、 厚生労働大臣告示番号38
先進医療の名称: 術前のS-1内服投与、シスプラチン静脈内投与及びトラスツズマブ静脈内投与の併用療法
適応症: 切除が可能な高度リンパ節転移を伴う胃がん(HER2が陽性のものに限る)
当院の承認日: 平成28年6月1日
先進医療の概要
1.この臨床試験の対象となる患者さんの病状と治療について
胃がんは、「早期胃がん」と「進行胃がん」の2つに大きく分類されます。胃の粘膜から発生した胃がんが、胃壁の筋層に達していなければ早期胃がん、筋層に達するか超えていれば進行胃がんと判定されます。リンパ節への転移がある場合には、その状態も含めてがんの状態を調べます。
この臨床試験は、筋層もしくはそれよりも深くにまでがんが達していて、リンパ節に転移がみられ、HER2タンパク※が発現している進行胃がんの患者さんを対象としています。
(※HER2タンパクは、がん細胞の表面に特徴的に表れる物質で、がん細胞の増殖に関係していると考えられています。)
2.リンパ節転移
リンパ節は、胃の周りのほかに全身に存在しています。リンパ節転移は、胃の周りのリンパ節への転移がおこり、やがて、胃から離れたリンパ節へと転移が広がっていきます。このうち、胃のまわりのリンパ節に転移がある場合を「領域リンパ節転移」と呼びます。また、①転移リンパ節の大きさが1.5 cmを超えている、②腹部大動脈の周りのリンパ節に転移がある、③胃に血液を送る主要な血管の根元付近に転移がありそれが大きな塊を作っている場合を特に「高度リンパ節転移※」と呼びます。
(※これまでは、②と③の場合を「高度リンパ節転移」と呼んでいましたが、①の場合も再発が起こりやすいことがわかり、この臨床試験では、①の場合も②、③に含めて「高度リンパ節転移」と呼びます。)
3.術前に化学療法を行うことの意義
胃がんに対する治療法には、手術や抗がん剤による治療などがありますが、病気の進行や患者さんの状態に応じてもっとも適切と思われる治療が行われます。上記の「高度リンパ節転移を有する」患者さんのうち、①転移リンパ節の大きさが1.5 cmを超えている胃がんの標準治療は、手術と手術後に抗がん剤S-1による術後補助化学療法を行うことです。
②腹部大動脈の周りのリンパ節に転移がある、③胃に血液を送る主要な血管の根元付近に転移がありそれが大きな塊を作っている場合の標準治療はまだ定まっていませんが、JCOG胃がんグループ(7.に説明)で、手術の前に化学療法SP療法(S-1+シスプラチン療法)を行う臨床試験をいくつか行い、その結果3年以上生存されている方の割合は5-25%から約60%へと向上しています。
①転移リンパ節の大きさが1.5 cmを超えている場合は再発が多いということが最近明らかとなったため、現状の標準治療である手術+S-1による術後補助化学療法のみでは十分ではない可能性があります。そこで、手術の前に抗がん剤による化学療法を追加する「術前化学療法」が試みられています。
4.HER2タンパクと抗がん剤治療
最近の研究では、手術ができないほど進行した胃がんのうち、HER2タンパクが発現している患者さんではトラスツズマブという抗がん剤が治療に有効なことがわかってきました。しかし、手術が可能な患者さんに対して、トラスツズマブを手術の前に投与した方が良いかどうかは今のところ全くわかっていません。
5.術前化学療法に用いる抗癌剤
・SP療法(S-1+シスプラチン療法)
・SP-T療法(S-1+シスプラチン+トラスツズマブ療法)
SP-T療法は、SP療法よりも、速くがんを小さくすることができるのではないか、あるいは、がんをもっと小さくできるのではないかと期待しています。しかし、SP-T療法は、3つの抗がん剤を組み合わせて行うため、SP療法よりも、抗がん剤の副作用が強く現れたり、そのために、手術の開始が遅れる可能性があります。また、SP療法と比べて効果があまり変わらない可能性もあります。さらに、術前化学療法として行われた経験も少ないため、SP-T療法後の手術が安全にできるかどうかについても明らかではありません。そこで、JCOG胃がんグループでは、この2つの治療(SP療法とSP-T療法)を比較しながら、SP-T療法の効果、副作用を確かめるための臨床試験を計画しました。
6.費用について
トラスツズマブは、手術ができないほど進行したHER2タンパクが発現している胃がんに対しては、抗がん剤として認められ市販されているので、保険診療として治療を受けることができますが、胃がんの「術前化学療法」の薬としては、薬事法上の承認が得られていないため、国内の医療機関では保険診療として術前トラスツズマブ療法を受けることはできません。そのため、本試験は厚生労働省の「先進医療(先進医療B)制度」に基づいて定められた枠組みの中で実施いたします。トラスツズマブは製薬会社から提供を受けて用いますので薬剤費の自己負担は発生しません。SP-T療法の場合は、保険診療以外に人件費と材料費の自己負担が3コースで合計約3万円必要です。
7.JCOG胃がんグループについて
当院は日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)に参加して、この臨床試験を実施しています。JCOGとは、国立がん研究センター等の研究者(医師)が主体となって活動している組織で、厚生労働省で承認された抗がん剤や治療法、診断法などを用いて、最良の治療法や診断法を確立することを目的としています。JCOGの詳しい説明は、ホームページにてご紹介しております。JCOGホームページ http://www.jcog.jp/
この臨床試験はJCOGの中の「胃がんグループ」が主体となって行っており、全国の54施設が参加予定ですが、現在、先進医療の承認を得て実施が可能な病院は当院を含めて14施設です。